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【メモ】事後に母親を責め立てることに意味があるのか?

http://SNS.jp/home.pl#!/voice/564773/20170421084331

上記、数年前と違って荒れても相手にする時間が現在はないんで書き込み禁止にしたが、母親を叩きたい人たちの投稿が異常だった。

今回、こういう形で我が子を失ってしまった母親自身、乳幼児を家に残して働きに出ることの問題を認識していただろうし、基本、乳幼児を含めた子どものみ3人を置いて働きに出ることはNGであってハイリスクな行為だ。

やってはいけないことだ。

ただし、やってはいけないハイリスクな行動をしないと、彼女の生活環境では生活が成り立たなかった。そして、この母親は既に【我が子を失うという最悪な結果】をその身に引き受けている。いわばそれが罰であり、最も悲しく、辛く、苦しいのはこの母親自身だろう。

大切な我が子を失って茫然自失状態であろう母親は、既に自分の行動に伴う結果を引き受けている。なのに更に追い打ちをかけるように、赤の他人がネットで寄ってたかって叩く必要がどこにあるのか?と。

私刑じゃないか、と。リンチそのもの。

私はそこを指摘したい。

「子どもが可哀想だ」と正義感から赤の他人が母親を叩くのは単なるエゴ。エゴは誰にでもあるし私にもあるからどうでも良いのだが、エゴから私刑も辞さないとばかりに叩いて批判する権利はない。

この母親が悪いと思うのなら?自分は気をつければいいだけ。余力があれば?自分の周囲の片親家庭が無理をしていないか?気をつけて見ているようにし、困っていそうであれば助けてあげればいいだけだ。

すでに起こってしまったことはどうしようもない。

「もっと安い部屋を借りて子どもを預けてい【タラ】こんなことにはならなかった」、「レンジを高いところにあげてい【レバ】子どもは触らなかった」=タラレバについては、我が子をなくした母親自身の頭にグルグルまわっているだろう。

しかし、タラレバタラレバやっていたって過去には戻れず、この母親には残された子を育ててこれから生きていかねばならないという厳しい未来が待っている。逃げられない。

一方で、タラレバタラレバやって母親叩きをしている連中については、一ヶ月もすればこの件について忘れてしまうだろう。

事後にグダグダと母親叩きをする行動は、亡くなった子どものためではなく【自分の怒りや不快感を消すための行動】でしかない。

憔悴しているだろう母親を叩いたところで、亡くなった子は生き返らない。事故はなかったことにはならない。

つまり、母親叩きをやってる連中というのは【単に自分の怒りの処理を自分でできず】に怒り狂って母親にぶつけたり、【不快感からできの悪い母親を見下して】自分はそんなことをしないと優越感からマウントしているに過ぎない。

亡くなった子に我々がしてあげられることは、鎮魂のために祈ることと、自分の周囲でこういう事件事故が起きないように、未来に向けて注意することのみ。

母親叩きは、一時の感情を処理できない未熟な人間によるリンチでしかない。

幼児3人死傷、レンジが火元か