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変わらない視線

福島に帰って来てほぼ2週間が経過。やーっと仕事が一段落して、ようやく来週の甲子園行きに気持ちを向けられるようになってきました。・・・勝ってくれー、頼む!!(涙)

さて、寒いチチ部屋にこもって暗く仕事をしているとき以外は、いろんなことを両親としゃべりまくっているぱねでありますが、ゆうべ、ごはんを食べていたら、チチがこんなことを言いました。

「引退した身で毎日を過ごしてるとね、毎日に変化がないんだよね。だから、自分で何かリズムを作って過ごすしかないんだけど、おとーさんの場合はそれはやっぱり、窓の外を見ることなんだな」

はあ、窓の外ね。両親の暮らすのは、11階建てマンションの最上階なので、眺めはそれなりにいいのだが、見えるものといえば・・目の前に立ち並んだ他のマンションだとか、せいぜいその周囲の市街地、くらいなものである。福島は盆地なので、市街地の向こうには全方角に山が見えるが・・。窓から何を見るんだろう?と思ったら、チチはこう言った。

「冬の朝、日の出の前のまだ暗い時間に北東側の窓から外を見ると、月が見えることがあるんだよ。月がいつどこに見えて、どんなふうに見えるかを観察するのはおもしろいね。季節と天気によって違うしね。それと、雲の形ね。これもいろいろに変わるでしょう。そういうのを見てるとおもしろいなあ」

その言葉を聞いて、私の頭のなかに浮かんだのは、終戦翌年の夏、磐田の親戚の家で夏休みを過ごした11歳のチチの姿。

http://SNS.jp/view_diary.pl?id=1936271851&owner_id=322912

学校の先生をしていた母親が、学校の図書館から借りて渡してくれた「子供図鑑」を、隅から隅まで読み、特に月や星の項がおもしろくて、夜空を見ながら、「ああ、あそこにあれが見える。本当だ、図鑑に載ってる通りだ。おもしろいなあ」と思った、という11歳のチチ。

のちに地理学者になるチチが、一番最初に科学と出会ったのが、この終戦翌年の夏だったのだ。

「おとーさん、そんなふうに空を見て、『おもしろいなあ』と思うその気持ちって、あの磐田での夏休みのときの子供の頃のおとーさんと、変わってないんだねえ」

と私が言うと、チチは、

「そうだなあー。あれが最初だったもんなあー。もう70年前だけどねえ、子供の頃のああいうことって、ずっと残るんだなあ」

と、うなずいた。

冬のまだ暗い早朝に、北東側の部屋の窓から空を眺める81歳の老人の視線と、夏の夜に図鑑を手に、夜空を見上げていた11歳の少年の視線。

70年たっても、その視線は同じ。

すべての人に、その人が作ってきた歴史がある。80歳になろうと90歳になろうと、その人の後ろには、10歳の、11歳の、18歳の、20歳の、その人がいる。同じ視線で世界を見ていた、その人がいる。

11歳だったチチの横顔と、今の81歳のチチの横顔を心のなかで重ねて、そんなふうに思った福島の夜。