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桃太郎 70 鬼退治編

 防戦一方から反撃に転じると見るからに押していた熊男が手数が減った。

「むう、よもやここまでとはな」

 技量に感嘆する熊男に桃太郎は虚実織り交ぜた剣閃を放ち、少しずつ熊男が圧され始めた。

 斬り、凪ぎ、突き、払い、弾き、捌き、受ける、歩法に従い、踏み込み、引き込み、左右に捌き、一太刀は絶え間なく様々な拍子で放たれる。

「久しいな。この血が沸き立つ感覚、生とはやはりこうあるべきだ」

 額に汗を流し熊男は笑みを浮かべる。

「手負いの小僧と侮っていた……非礼を詫びる」

 熊男は圧されながらも、そう口にすると、腰の脇差しを抜き放ち、二刀の構えをとった。桃太郎の放つ凪ぎ払いを、熊男は脇差しで弾き、間隙なく太刀を上段より降りおろして反撃する。本来ならば弾かれた太刀は下段へと流れ体勢が崩れたところに上段よりの一撃で仕留める技だが、桃太郎は体勢を崩した方に勢いよく前転して、その一撃から逃れた。

「小僧、その動きからして二刀持ちと相対した事があるな」

「師が時折使っていましたので」

「くっ、はっはっはっ!すまん失礼した。改めて名乗る……儂の名は尾上芳一【おがみ ほういち】と申す。桃太郎その名は確と刻んだ……もう逝ねい!」

 尾上の二刀による猛攻が始まる。全力での両手打ちと変わらない一撃が片手より放たれる。それが双腕の二刀より放たれ、桃太郎は引くより他なく後退する。 それを許さないとばかりに尾上の攻勢は増す。

 剣戟の隙間を縫うように仕掛けられた毒に尾上は気づき笑みを浮かべる。

「力量を計り毒を用いるとは賢しいな。だが毒も慣れるのだ」

「少しだけ動きが鈍ればよいのです」

「ほう……」

 耐性を身につけた尾上だが、動きは少しだけ鈍りを見せていた。桃太郎はその隙を突き尾上の刀に断術を放つ。澄んだ音と共に尾上の刀が断ち折られた。

「ぬかったわ!まさか断術まで修めているか!」

「その首いただきます」

「まだ儂は死なん」

 飛び込み斬りいる桃太郎の一撃を尾上は避け、斬り返す。咄嗟に桃太郎は手甲で弾きにかかるが、防ぎきれずに浅く袈裟懸けに斬られた。交差法を狙い勝ちを確信した尾上だが、腹部を見ると桃太郎の逆手に持った小太刀が突き刺さっていた。

 互いに弾かれたように飛び退き距離を取り構えた。

「尾上 芳一【おがみ ほういち】必ず討たせてもらいます」

「ふふふ、ははははは!面白い、桃太郎。存分に腕は計れた、せいぜい傷を癒せ、鬼ヶ島で待つ」

「逃しません!」

「悪いが、まだ死ねんのでな」

 炸裂音と共に白煙が上がり視界が白く染まる。視界の利かない中で二三太刀を交えた後に尾上は姿を消した。

「一度ならず、二度まで取り逃がすとは……」

 桃太郎は悔しさに打ち震える。一歩踏み込みが速ければ、一歩踏み込みが多ければ、一手足りない事で二度も討ち取れなかった。目の前で逃がした事が重く心にのし掛かる。

「桃太郎!」

「桃太郎殿!」

「桃太郎はん!」

 涼、壮介、庚申が斬られた桃太郎を心配して駆け寄ってくる。

 

「心配いりません傷は浅いです」

「桃太郎……とにかく手当てが先だ」

「ホンマや」

 一行は初めて見る桃太郎の姿に動けずにいたが、涼と庚申はすぐに傷の手当てに動きはじめる。そして壮介は無力に打ち震える桃太郎の姿に、かつての自身を重ね見ていた。壮介は桃太郎が自身より強いと知っていた。しかしその強い桃太郎も自身と同じ無力さに打ち震えているのだ。

 自身がなぜこうしていられるのか、拳を握り下唇を噛む桃太郎を見て壮介は何かを伝えなければならないと感じた。そして口をついて自然と言葉が出る。

「桃太郎殿!我々がいる!拙者も庚申もお涼もいるのだ!拙者らは弱い!桃太郎殿よりも弱い!だが無力では無い!我々がいるのだ!頼りないかも知れないが、一人で背負わないでくれ!少なくとも拙者は桃太郎殿の臣下だ!そのつもりなのだ!拙者の命などなんの役にも立たんかも知れんが、使ってくれ!拙者は桃太郎殿の為であれば命を捨てる覚悟だ!足りぬやも知れないが、しかし拙者がいるのだ!一人で背負わぬでくれ!」

 壮介の言葉に桃太郎の視線は壮介へと向けられた。真剣に桃太郎へ向けられた言葉に庚申も涼も続く。

「せや、壮介の言う通りやわ、桃太郎はん。桃太郎はんはなんでもできる、せやから全部自分でどないかしようとしますけど、少なくとも旅連れのわてらもいる。全部自分でやりはるんは立派やけど、わてらからしたら面白ないですわ。同じ道を共に歩く意味ありません。壮介の言う通り頼りないかも知れませんけど、わてらかて、それなりに経験はありますんやから、なんでも言うてください。少なくとも、わてらは桃太郎はんのこと好いてますし、助けたい、手伝いたい思ってますんやから」

「桃太郎……俺達がいる」

 皆の言葉と涼の抱擁で桃太郎は大声で泣く、その泣き声は今まで押し込めていたものがすべて吐き出されるようだった。

 桃太郎が泣き終えるまで涼は静かに桃太郎の頭を撫で続けた。

 しばらくして落ちついた桃太郎の治療が終えた頃に覆面の男達の苦悶の声が上がりはじめる。同時に逃げ出し生き延びた兵士が姿を見せるのであった。